「あおる人は、相手に怖い思いをさせている人」。
多くの人にとって、あおり運転は“被害者がいる加害行為”です。たしかに、それは事実です。でも、運転中の怒りを20年以上研究してきた海外の論文を読むと、もう一つの事実が浮かび上がってきます。
それは、怒りっぽい運転をする人ほど、自分自身も事故や違反を起こしやすいということ。「やり返してやろう」と思って踏み込んだその先で、本当に痛い目を見るのは、ほかでもない本人かもしれません。
この記事では、運転中の怒りを”数値で測る”研究のしくみと、そこから見えてきた「イライラ運転は、自分の事故・違反のリスクを上げる」という結論を、むずかしい言葉を使わずに紹介します。
⏱ この記事の要点(30秒)
- 運転中のキレやすさは、数値で測れる尺度(PADS)が存在する
- PADS が高い人ほど、違反切符・軽微事故・リスクの高い運転が多い
- 「もともと怒りっぽい性格」を差し引いても、運転中の怒りそのものが事故や違反を予測する
- つまり、あおる人は相手だけでなく自分も危険にさらしている
この記事のもとになった研究
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 原典 | Measuring road rage: Development of the Propensity for Angry Driving Scale |
| 著者 | DePasquale, Geller, Clarke, & Littleton |
| 掲載誌 | Journal of Safety Research, 32(1), 1–16(2001年) |
| 後続検証 | Dahlen & Ragan(2004)ほか・複数国で再現研究あり |
| 信頼性 | α係数 0.85〜0.89/4週間 test-retest 0.91(高い) |
PADS(Propensity for Angry Driving Scale)は、日本語にすると「運転中に怒りやすい度合いを測る尺度」です。仮想の運転場面を読んでもらい、「自分ならどう反応するか」を選んでもらいます。たとえば「割り込まれたとき」「のろのろ運転に出会ったとき」など、誰でも経験するシーンが並んでいます。
このシンプルな自己回答の点数が、違反切符・軽微事故・攻撃的運転などと関連し、後続研究ではそれらを予測する目安として使えることが示されています。ここがこの研究の重要なところです。
なお、この記事では、研究で確認された事実と、わかりやすく伝えるための筆者の整理(解釈)を分けて説明します。研究そのものの結論を超えないよう配慮しています。
運転中に怒りやすい人ほど、事故・違反は多いのか

PADS の最大のポイントは、実生活の運転行動を実際に予測したことです。研究では、PADS が高い人ほど次のものが多いと示されました。
| 予測された行動 | わかりやすく言うと |
|---|---|
| 違反切符(moving tickets) | スピード違反・信号無視・進路変更違反などで切符を切られる |
| 軽微事故(minor accidents) | 接触・追突・出会い頭などの小さな事故 |
| 攻撃的運転(aggressive driving) | 車間を詰める・割り込み・怒鳴る・クラクションを連打する |
| リスクの高い運転(risky driving) | スピード・無理な追い越し・進路変更 |
| 怒りの不適切な表出 | 中指を立てる・睨みつける・追いかけ回す |
つまり、運転中の怒りやすさは「気分の問題」ではなく、実際の違反・事故と地続きだったのです。
ふだんの性格より「運転中の怒り」が危ない理由

ここが、この研究のいちばん重要な部分です。
研究では、次の3つの影響を差し引いても、PADS がそれだけで違反・事故を予測しました。
- ✅ 性別の影響を差し引いても
- ✅ 1週間に走る距離(運転量)の影響を差し引いても
- ✅ 「もともと怒りっぽい性格(特性怒り)」の影響を差し引いても
何を意味しているのか。
普段の生活では穏やかな人でも、運転になると別人のように怒る人がいます。「車に乗ると性格が変わる」と言われるあのタイプです。逆に、もともとはイライラしやすくても、ハンドルを握ると意外と冷静な人もいます。
つまり、運転中の怒りやすさは、ふだんの性格とは別の要素として扱える可能性があります。そして後続研究では、違反切符や軽微事故、攻撃的運転などを予測することが示されています。
「自分は普段は怒らない、おとなしい性格だから大丈夫」という安心は、運転に関しては根拠が薄いということです。
なぜ “運転中だけ”の怒りが、事故を生むのか

研究そのものは「予測できた」と示すだけで、その因果まで踏み込んでいません。ここからは、関連する研究をもとにした筆者の整理(解釈)です。
考えられる流れはおよそ次のとおりです。
① 注意の範囲がせまくなる
怒りが強くなると、脳のリソースが感情の処理に取られます。すると、本来運転に向けるべき注意がそがれ、歩行者の見落としや信号の変化を取り損なうといったミスが増えます。
② リスクを取りやすくなる
「やり返してやろう」「先に行かせてたまるか」という気持ちは、車間を詰める・無理な追い越し・速度超過などのリスク行動を選ばせます。これは違反切符につながり、その先には事故があります。
③ 操作が荒くなる
怒っているときは、ブレーキを強く踏み、ハンドルを乱暴に切ります。冷静なときの自分とは別の動きになります。雨や夜間など、ちょっとした条件で操作の余裕がなくなるのはこういうときです。
つまり、運転中の怒りは「相手を脅す」ためだけでなく、自分の運転そのものを下手にするということです。
「自分は当てはまるかな?」のチェック

PADS の原典は学術用なので、ここではPADS の発想を借りた、ふだんの自己観察のヒントを3つだけ並べます(厳密な診断ではありません)。
- 信号が変わるのが遅いと、ハンドルを軽く叩いたり、ため息が出ることがある
- 前の車がノロノロだと、車間を詰めたくなる衝動を感じる
- 割り込まれたとき、頭の中で相手をひと言ふた言罵ってしまう
これらに3つとも心当たりがあるという人は、ご自身が思っているより、運転中にイラッとしやすい場面が多いかもしれません。「自分はそういう運転をする側だ」と認めておくだけでも、事故・違反のリスクを下げる助けになります。
あおり運転は相手だけでなく本人にも損をさせる

ここまでの内容を、ふだんの言葉でまとめ直すとこうなります。
あおっている本人は、相手を脅しているつもりかもしれない。
でも研究は、その人自身が事故と違反のリスクを抱えていることを示している。
「やり返してやろう」と思って踏み込む。その先で、違反切符を切られる。点数が積み上がり、免停になる。場合によっては、自分が事故の当事者になる。
割り込まれた瞬間のイライラ。あれを一度のみ込むだけで、こうした未来の何割かが消えていく——研究の結論を素直に読むと、そう受け取れます。
身の回りで「あの運転は危ない」と感じた地域があれば、あおり運転データベース本体の地図ページでも投稿・確認できます。本人の損を減らすには、危険ドライバーが集まりやすい時間・場所を避けるという選択肢もあります。
ほかの研究との位置づけ
このサイトでは、あおり運転に関する研究記事をひとつのシリーズとしてまとめています。今回の PADS の話は、次の記事とつなげて読むと、いろいろな角度から理解できます。
- 加害過程:あおり運転をする人の心理|処分を受けた118人の研究でわかった”4つの段階”(あおりに至るまでの心の動きを、118人の語りから整理)
- 脳のしくみ:怒りが爆発する脳の仕組み|ドーパミンと”煽り運転”の関係(怒りと攻撃の神経メカニズム)
- 外側のきっかけ:通勤ストレスと事故率の関係:朝のイライラが危険を生む(外部のストレスが運転に与える影響)
そして本記事の PADS は、これらと並んで「個人の運転中の怒り傾向(特性)」という角度から、事故・違反との関係を示すピースです。
「外側のきっかけ(通勤ストレス)」「脳のしくみ(ドーパミン)」「あおり加害者の心理(4段階)」「本人の運転中の怒り傾向(PADS)」——どれもが、別の角度から同じ景色を見ています。
この研究にも限界がある
研究記事として、正直にお伝えしておきます。PADS とその後の検証研究にも、次のような範囲(限界)があります。
- 多くの研究は米国・英国・オーストラリア・中国などで行われており、日本の運転者に同じ結果が当てはまるかは、まだ十分には確かめられていない
- 違反・事故の情報は自己報告に基づくものが多い(記憶の偏りはあり得る)
- PADS が高い人ほど軽微事故の自己報告が多い、または関連があることは示されているが、「PADSが上がったから事故が増えた」という因果まで踏み込んだ研究は限られる
- PADS は仮想シナリオへの自己回答であり、現実の運転中の行動と完全に一致するわけではない
それでも、複数国の研究でも、PADS や運転怒りの尺度がリスク運転・違反・ヒヤッとした場面(ニアミス)などと関連する結果が報告されています。「運転中の怒り傾向は、事故・違反と関連がある」というのは、現時点ではかなり堅い結論と言えます。
この記事で言えること・言えないこと
誤読を避けるために、本記事の立ち位置を最後にまとめておきます。
✅ この記事で言えること
- 運転中に怒りやすい傾向は、攻撃的運転や違反、軽微事故と関連する
- その傾向は、ふだんの怒りっぽさとは別に扱える可能性がある
- 怒りを行動に移す前に止めることは、本人の損を減らす可能性がある
❌ この記事で言えないこと
- PADS が高い人が必ず事故を起こすとは言えない
- 日本のすべての運転者にそのまま当てはまるとは言えない
- 怒りっぽい人を危険人物と決めつけるものではない
まとめ
- 運転中の怒りやすさは、PADS という尺度で数値化できる
- PADS の点数が高い人は、違反切符・軽微事故・攻撃的運転・リスクの高い運転が多いと、複数の研究で示されている
- しかも、性別・走行距離・もともとの性格(特性怒り)を差し引いても、運転中の怒りはそれだけで事故・違反を予測した
- つまり、「ふだんは穏やかなのに、運転になると別人」という人ほど要注意
- あおる側は、相手だけでなく自分の事故・違反リスクを上げている
あおり運転の話は、「悪い加害者」と「気の毒な被害者」だけの構図ではありません。あおる人自身が、いちばん損をしている——その視点で見直すと、ハンドルを握る前の心の整え方が、少し変わるかもしれません。
よくある質問
Q. 自分も信号が変わらないとイライラします。あおり運転予備軍ですか?
A. イライラを感じること自体は、誰にでも起きる自然な反応です。問題は、それを行動に出すかどうか。車間を詰める・クラクションで威嚇する・追い回すといった行動に進まなければ、PADS の高さが事故・違反の予測に直結する範囲とは別の話になります。気づいた瞬間に行動を止める習慣は、リスクを下げる助けになります。
Q. PADS は日本でも受けられますか?
A. 学術研究で使われる尺度なので、一般の人が結果票をもらえる形では公開されていません。原典は英語の論文(DePasquale et al., 2001)に掲載されています。ご自身の傾向を知りたい人は、本記事の「自己観察のヒント」を参考にしてください。
Q. 性格は変えられないので、もう仕方がないですか?
A. PADS は「性格そのもの」ではなく、運転中の怒りの出方を測る尺度です。出発前に深呼吸をする、時間に余裕を持つ、運転中の音楽を落ち着いたものにするなど、行動レベルでできる対処は多くあります。研究も、性格の改造ではなく「運転前後の習慣」で運転中の怒りの出方が変わることを示しています。
Q. 一度や二度、あおったことがある自分は、もう手遅れですか?
A. 一度や二度の行動と、繰り返しの傾向は別物です。「あの場面ではマズかった」と振り返れている時点で、研究で言う「自分の攻撃に気づかない(洞察の欠如)」状態とは違います。事故・違反のリスクを下げる方向には、まだいくらでも動けます。
この記事の出典
- DePasquale, J. P., Geller, E. S., Clarke, S. W., & Littleton, L. C. (2001). Measuring road rage: Development of the Propensity for Angry Driving Scale. Journal of Safety Research, 32(1), 1–16.
- Dahlen, E. R., & Ragan, K. M. (2004). Validation of the Propensity for Angry Driving Scale. Journal of Safety Research, 35(5), 557–563.
- 複数国での再現・検証研究(英国・オーストラリア・中国など)
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- 通勤ストレスと事故率の関係:朝のイライラが危険を生む
- 怒りが爆発する脳の仕組み|ドーパミンと”煽り運転”の関係
- 煽り運転に遭遇した時のNG対応(やってはいけないこと)
危険な運転を見かけた地域は、あおり運転データベース本体の地図ページでも確認できます。




