ドライブレコーダーの普及で、あおり運転の「意図的な衝突」が映像で明らかになる事案が増えました。では、保険は支払われるのか——。結論から言うと、加害運転者に「故意(悪意)」がある場合は、保険が支払われない(免責)扱いとなる可能性が高く、被害者救済の道筋は自賠責の枠組み・自身の任意保険の特約に依存します。本稿では日本の法律と保険実務に基づき、被害者と加害者の双方からわかりやすく整理します。
目次

1. 「故意にぶつけた」とは何を指す?
保険実務でカギになるのは「故意」か「過失」かの線引きです。
具体例:
- 車間を極端に詰め、威嚇し、当てる目的でハンドルやブレーキを操作した。
- 前方へ割り込んで急減速し、相手の追突を誘発した(妨害目的)。
- 「当たっても構わない」と思いながら接触に至った(未必の故意が疑われる)。
2. 法律と保険の前提:自賠責・任意保険・免責条項
2-1. 自賠責(自動車損害賠償責任保険)の原則
自賠責は被害者救済を目的とする強制保険ですが、法律上の免責が限定的に認められます。自賠責の根拠法である自賠法は「悪意(=故意)」による損害はてん補の責めを免れると定めています(自賠法・免責条項)。
- ポイント: 多くの解説では、この「悪意」は確定的故意を指し、未必の故意は含まれないと説明されます(ただし事案評価は個別)。
2-2. 任意保険(対人・対物・車両・人身傷害)の扱い
任意の賠償責任保険(対人・対物)では、加害運転者に故意があると保険者は支払いを免れる旨が約款で定められるのが一般的です(いわゆる故意免責条項)。
- 賠償責任保険は「故意のみ」免責が原則(保険法17条2項)。重大な過失は直ちに共通免責にはなりません。
- 一方、人身傷害補償や一部の車両保険は「自己の故意・重大な過失」等で不担保となる場合があります(商品・約款次第)。
2-3. 刑事面:妨害運転罪(いわゆる「あおり運転」)
2020年改正の道路交通法で妨害運転罪が新設。通行妨害の目的で車間不保持・急ブレーキ等を行えば厳罰化され、著しい危険を生じさせた場合はより重い罰が科されます。保険判断にも故意性の推認材料となり得ます。
3. 被害者側の補償ルートと実務フロー
3-1. まずやること(現場〜直後)
- 安全確保・警察通報・救護(110/119)。
- 証拠確保:ドライブレコーダー、スマホ動画、同乗者のメモ、位置情報、相手の言動。
- 保険会社に事故連絡(自身の任意保険)。
※「相手が保険に入っているから大丈夫」は禁物。故意免責が持ち出されると相手の保険が動かない事態があります。
3-2. 受け取りやすい補償の順番
- 人身傷害補償(自身の契約):過失割合や相手の保険可否に左右されにくい。
- 車両保険+無過失事故特約(付帯があれば):相手賠償が不確実でも自車修理を確保。
- 加害者の自賠責・任意賠償:故意認定の有無で左右。被害者請求も検討。
- 弁護士費用特約:交渉・訴訟に備える。
3-3. 証拠のコツ(保険会社に伝える観点)
- 時間軸:接近→幅寄せ→急停止→接触…の連続性。
- 意図の示唆:クラクション連打、執拗な追尾、窓越しの暴言やジェスチャー。
- 危険の認識:通常なら回避できる場面で、あえて当たりに行った形跡。
3-4. 賠償が止まったときの打ち手
- 人身傷害を先行させる(治療費・休業損害の確保)。
- 自車修理は車両保険で先出し→回収は保険会社に任せる(代位求償)。
- 弁護士費用特約で専門家に委任。
4. 加害者側に降りかかるリスク(民事・刑事・保険)
4-1. 保険の不担保(免責)
任意の対人・対物は故意免責条項により不担保となり得ます。自賠責も悪意事故なら免責対象。よって巨額の損害を自己負担する現実的リスクがあります。

4-2. 求償・契約への影響
- 保険者が支払った場合でも加害運転者へ求償され得る。
- 契約の継続拒否・解除・料率大幅上昇などの不利益。

4-3. 刑事・行政の制裁
妨害運転罪の対象行為(車間不保持、急ブレーキ等)に該当すれば厳罰。著しい危険を生じさせれば更に重く、免許取消しもあり得ます。
5. 典型シナリオで見る「支払われる/れない」の境目
ケースA:煽った末に横から当てに行った
映像上、明らかに当てる挙動。→ 任意賠償は故意免責主張の可能性が極めて高い。自賠責も悪意事故該当なら免責。
被害者は人身傷害・車両保険を先行使用+弁護士費用特約で対応。
ケースB:前に出て急減速、相手が追突
妨害目的が映像・言動で裏付けられれば「故意性」評価へ。
保険はAに同じ。相手がドラレコを持っていれば被害者側の主張は強い。
ケースC:煽りはあったが接触は回避不能の偶発
威嚇はあっても当たりにいった証拠が乏しい。→ 過失事故として処理される余地。
任意賠償が作動する可能性がある一方、過失割合は厳しめになることも。
ケースD:被害者が自車単独で壁に接触(相手は妨害運転)
対人・対物の相手賠償が働きにくい。
自身の人身傷害・車両保険の出番。警察の実況見分・ドラレコで妨害目的を立証できれば、後日求償の可能性。
連続行為(追尾→幅寄せ→急減速)・言動・接触直前の操舵や制動の質など、映像のフレーム単位で見られます。
6. よくある誤解と注意点
誤解1:「あおり=即・保険不払い」
煽り運転自体は違法でも、事故の瞬間に故意があったかは別問題。過失事故と評価される余地もあります。
誤解2:人身傷害があれば何でも出る
多くは被害者保護に手厚いが、約款により不担保条項の位置づけや限度が異なる。自身の契約を要確認。
誤解3:自賠責は絶対に払う
自賠責も「悪意事故」なら免責(法律上の例外)。ただし実務では被害者保護の観点や立証の難しさから、悪意(確定的故意)の認定はハードルが高いとされます。
注意:交渉は感情戦にしない
相手の挑発に乗らず、映像・記録・通報で淡々と固める。弁護士費用特約は強力な盾です。
7. まとめ(3行サマリ)
- 任意賠償は故意免責、自賠責も悪意事故は免責。意図的な当たりは原則カバー外。
- 被害者は人身傷害・車両保険・弁護士費用特約でルートを確保。証拠が命。
- 加害者は保険不担保+巨額自己負担+刑事・行政処分の三重苦。絶対にやらない。
8. 筆者の体験談
深夜の首都高で幅寄せと急減速を受け、強い恐怖を覚えました。幸い接触は回避。後でドラレコを確認すると、相手は数分前からライトを点滅させつつ接近しており、こちらが進路を変えるとさらに寄せてくる動きが映っていました。以後、人身傷害・弁護士費用・無過失事故対応の各特約を付帯し、万一の「相手保険が動かない」局面にも備えるようにしています。感情に火が付く瞬間ほど、距離を取り、証拠を残す。これが自分のルールです。
9. FAQ
- Q1:あおり運転でぶつかられました。相手の保険が「故意免責」と言って支払いを渋っています。
- A:自分の人身傷害・車両保険を先行させ、治療や修理を止めないのが現実的。弁護士費用特約があれば委任し、ドラレコ映像・通話履歴・位置情報・実況見分で反証を固めましょう。
- Q2:自賠責は必ず支払ってくれるの?
- A:原則は被害者救済ですが、悪意(確定的故意)の事故は法律上の免責対象。もっとも、悪意の立証は高いハードルで、事案の総合評価になります。
- Q3:加害側が「未必の故意」でもダメ?
- A:任意賠償では故意免責が問題になります。自賠責の「悪意」解釈は確定的故意に限るとする実務解説が有力で、未必の故意は直ちに免責とは限りません(個別判断)。
- Q4:自分の車両保険は使える?
- A:被害者側なら無過失事故特約などで救済余地。加害側が意図的に当てたなら自己の車両保険は不担保とされる可能性が高いです(約款による)。
- Q5:妨害運転罪って何が変わったの?
- A:2020年の法改正で妨害運転(あおり運転)の罰則が創設。車間不保持・急ブレーキ等を通行妨害の目的で行うと厳罰対象、著しい危険ではさらに重く、免許取消しの可能性もあります。
参考リンク
- e-Gov法令検索:自動車損害賠償保障法(自賠法)
- 警察庁:危険!「あおり運転」はやめましょう(妨害運転罪)
- 保険法と故意免責の解説(弁護士):故意免責と重過失
- 任意保険の免責事由(解説):任意保険に共通する免責事由
- 自賠責の悪意免責(解説):自賠責保険の免責事由



